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2011年9月アーカイブ

世の中では「不況になると人々は武装するために資格・検定試験にチャレンジする」と一般的に言われている。果たして本当だろうか?

受験者数の多い試験の統計データを見てみても、景気による影響は報道されているほどはないといえる。中学生・高校生などの若年層の受験者の多い検定試験は、「塾でみんな受けるから」「推薦入試で有利だから」といった理由で受験することが多いために、景気の動向による影響はあまりないことはいうまでもない。ただ、大卒見込者や社会人などいわゆる就職・転職希望者の受験者が中心となっているような検定試験においてもさほど影響が多くないような試験が多い(一部これと異なるものも存在する)。

確かに、かつてのバブル経済のように、資格や経験の有無などと関係なく「とにかく人が欲しい」「大量採用したい」という時代であれば、別であろう。しかし、このバブル景気以来、日本は景気がいいといっても必ず仕事にありつけるというわけではなく、また希望の職種に就けるわけでもなかった。そこで、景気のいい悪いに関係なく、自分の就職のため、よりよい仕事への転職のため、給料のアップのために、資格を取得したり、検定試験にチャレンジしたりする人が増えてきた。

企業が従業員に対して資格取得支援を行う場合にも、業績によって対応を変えることが少なくなったことも理由としてあげられる。いつの時代にも有能で知識・技能が豊富な信頼できる従業員というのはほしいもので、そういった勤労者のモチベーション、向上心を高めていくためにも資格取得を奨励しているところが多い。

結局のところ、最近は「あまり関係ない」ように思える。

学習院大学の学校新聞である「学習院大学新聞」に載りました。夏休みの間に学生記者さんたちが来て、楽しい取材を受けました。

内容的には勉強術について。私流に学生に向けたアドバイスをさせていただきました。内容についてはみなさんは見ることはないかもしれませんが、学習院大学に行くことあがればぜひどうぞ。

 

ここでもう一つ笑い話を。とある幼稚園での運動会の話である。最近は、足の速い子と遅い子を意識づけさせないように順位をつけないという考え方があるようだが、この幼稚園では徒競争のゴールの直前で先生が待っていて、そこからみんなが手をつないでゴールをするという演出があるそうだ。SMAPの歌にあるように「ナンバーワンにならなくてもいい」という精神の表れだそうだ。

ただ、これでは「オンリーワン」もできそうにもない。長所や短所というのは人との違いであり、それぞれが尊重されなければならないと思う。競争があってこそ人は成長するのであり、またその競争での勝利を目指して努力するのである。これでは社会主義と同じだ。

競争における敗者には、「敗者復活の制度」を設けてあげればいい。ある分野で駄目だった人は、別の分野で頑張ればいいのだ。日本にはこの「敗者復活の制度」がほとんどないのが現状である。これが「他人のサル真似」につながっているのではないか?

結局のところ、周囲の目を気にするあまり、日本では他人と異なることをすることを「よしとしない」ようだ。これは保身が大きな原因の一つである。自分が変革を行った場合、それに伴うリスクを負うのも自分である。このリスクを恐れて、思い切った変革をせず、周りに合わせようとするのが日本人であろう。これでは独創的な発想をする人や、みんなを引っ張っていくようなリーダーは生まれようがない。

とかく、日本社会では目立った行動をすることに対して批判の目が多い。ただ、成功者になった暁にはこういった目立った行動は「個性」として美化されるのである。ヒーローを称賛する国民性がありながら、そのヒーローを育てようとする国民性は欠けていると言わざるを得ない。

このように「他人を真似る」というのは、自分の保身に走って、無難な選択をしようとする表れではないか?だとすれば、野心や冒険心、ハングリー精神がないという若者を批判することはできないであろう。

 

試験の勉強についても同様のことが言えると思う。他の人のまねをして合格するというのは、日本人には一般的である。合格者が使ったテキストを用い、合格者が多いと評判のスクールに通い、それで自分も同じように合格できると期待する。大筋では間違っていないが、それが自分にとって「最適」かどうかは別問題である。

評判のいいテキストであっても、自分にとっては難解であったり、また自分には優しすぎたり、ともかく「本当に自分に必要なもの」とは限らないのである。他人と同じようにそれをこなすことが必ずしも近道とは限らない。

マニュアル型勉強というのも一理はあるものの、これがすべてに当てはまらない。大筋は信用しつつも、いざ問題が生じた時に自分オリジナルの解決方法を見つけだすことができなければ、「試験の合格」だけにとどまり、「人間としての成長」にはつながらないと思われる。

別の話をしよう。ニューヨークで地下鉄に乗っていると、女性やお年寄りに席を譲る人がとても多い。女性を大切にするという心もあるのだろうが、「ここで私が席を譲れば周りの人から立派なことをしたと称賛されるだろう」という心が少なからずあるものと思われる。遠い所に座っている人でも、「こっちにどうぞ」と声をかけてくれるのは国民性によるものだろうか。

これに対して、日本では電車で席を譲ることがNYに比べると残念ながら少ないと言わざるを得ない。言い出すのが恥ずかしいからなのか、それともいいだすきっかけをつかめないのか、いずれにしても残念なことである。もっと席を譲ることが日常的になれば、たくさんの人がするであろうに。この点では残念である。

他人がしていることであれば喜んでやり、自分しかしないようなことは心の中で思っていてもあえてしない。こういったところに問題点があるといえよう。

有名な笑い話がある。川で人がおぼれているときに、何と声をかければ川に飛び込むかについては国際的な違いがある。

アメリカ人の場合には「ここで君が飛び込めばヒーローになれるよ」というと飛び込むらしい。英雄を称賛する国民性がよくあらわれている。

また、イタリア人の場合には「ここで君が止めこめば女性にもてるよ」というと飛び込むらしい。ラテン系の人はこういうものなのだろうか?

ところが、日本人を飛びこませようとする場合には「みんな飛び込んでいますよ」というのが最も効果的らしい。周りの目を気にして、人がやっていないことは自分からやろうとしないという悲しき国民性である。こういうことでは将来はあると言えるのだろうか?

日本人はいかんせん周りの目を気にして行動することが多い。他人に比べて変なことをしていないか、ということを異常に気にするのである。これはなぜであろうか?

外国ではそういうことはない。あくまでも他人との違いは「個性」の一環であり、それはそれで尊重されるのである。かえって、他人のまねばかりしている人は評価が低いことも多い。

ところが日本ではそうではない。「出る杭は打たれる」という言葉の通り目立った行動をすることは帰って人の反感を買うことも少なくなく、また「空気が読めない」という言葉の通り、周囲と歩調を合わせることができない人は嫌われる。

確かに、常識の枠をはみ出た行動はそうかもしれないが、常識の範囲内で特殊な行動をすることがそんなに変なことだろうか?もっと個性が評価されるべきではないだろうか?

まず、「人のため」にする人はすばらしい。ただ、まずは「自分のため」にする努力することが重要であろう。自分のために努力ができない人は、人のためにも懸命には努力ができないでしょう。

では、「自分のため」に努力する人は、直接的に自分のため、それとも間接的に自分のため?これは人によって違うであろうが、間接的にという人が多いのではないか?ひいては自分のためにということを期待しつつも、他のためにも頑張る。直接的な利益がなかったとしても、とりあえず今のベストを尽くす。こういったことが一般論であろう。

何分、努力をしている人という人は輝いており、人から見ても尊敬に値する。私自身もこういう人物であり続けたい。

 

東京の我が家でも蝉の季節が終わりつつあり、夜はコオロギなどの秋の虫の時間となり始めた。まあ、うるさいことはうるさいのだが、自然に親しむという点では子どもの教育にとってもいいことであろう。

なお、昆虫に関する資格といえば、ファーブル検定があげられる。私は昨年度も受験したが(今年はまだ要項が発表されていない)、子どもでも受験できるこの検定は虫好きにはお勧めだ。悠仁親王殿下も虫の図鑑を見ているそうだから、受験してみてはいかがだろうかねえ?

 

昨日に引き続き、サッカーの話題。

みなさんは、非公式サッカー世界王者というのをご存知だろうか?ボクシングと同じ要領で、世界タイトルを持っているチームに勝てば(引き分けは不可)、世界王者になれるというシステムの、非公式のタイトルである。イギリスの雑誌社が編集を行っている。

日本は実は現在男女とも世界王者なのである。女子は先日のワールドカップで優勝したときにアメリカから王座を奪ったのである。男子は昨年親善試合でアルゼンチンに勝ったときにタイトルを奪取し、それ以来負けていないために連続防衛中である。

FIFAも認めていない「非公式」なものとはいえ、インターネット上ではそれなりの話題になっている。今日現在、男子は12回、女子は5回防衛中である。今後何回連続で防衛できるか、楽しみである。

 

 

先日の女子サッカーのように、各地で来年のロンドン五輪の最終予選などが開かれている。日本国民が一つになってみんなで応援できるイベントの一つなので、マスコミなどでもたくさん取り上げられている。

オリンピックこそ資格試験や検定試験を作ってほしいと思う。これこそ、老若男女問わず、みんなが楽しめるものだと思う。オリンピックの歴史や競技、主な記録や名選手、五輪の旗の色や意味、IOCの組織等、夏季・冬季を問わず、たくさんの人が楽しめるのになあ。JOCの方でもいいので考えてもらいないかなあ?東京開催に向けてももっと盛り上がると思うのだが。

 

あの悲しい日から10年がたった。この10年間だけで10回以上NYにいった私にとっては、同時多発テロは他人ごとではない。グラウンドゼロにも何度か立ち寄ったが、毎回息が詰まる思いになってしまう。

東日本大震災や先日の台風による被害というのもあるが、9.11は特別だと思う。100年たっても、この日のことは歴史の教科書などでも残ることになるであろう(歴史検定などで出題されたりして・・・)。今日一日は犠牲になった人のために、祈りささげることにする。

 

スマートフォンに万歩計の機能が付いているので、このウィジェットを体重画面につけて、歩数をカウントしているようにしている。携帯電話を機種変更して1カ月になるが、今週(日曜日から土曜日まで)は頑張ったので、12万歩をオーバーした。一日平均1万7千ぐらいなのでいい感じである。

日曜日にTDLで一日4万歩と歩き回ったのが主たる原因である(距離にして30キロぐらい歩いたことになる)。運動不足解消にもなるので、自分では資格試験などと同じように、1万歩オーバーを毎日の目標としている。賞状などももらえるともっと嬉しいのになあ。

 

先日の話の続きになるが、プロ野球球団で検定を実施しているものもある。

有名なのが、阪神タイガース検定である。私も昨年度受験して合格し、今年の甲子園球場のチケットをもらった(阪神ファンの妹にあげちゃったが)。今年もオフシーズンに実施するので、興味ある人はどうぞ。

この他にも、読売ジャイアンツや広島カープ、日本ハムファイターズ、オリックスバッファローズが球団も公認している検定試験を実施している(中には現在中止中のものもある)。

ソフトバンクホークスなんかも、親会社が通信会社だし、九州にファンがたくさんいるので、やってくれてもいいのに・・・。

私の応援する中日ドラゴンズの検定があれば、絶対に頑張るのになあ。中日新聞社さん、名古屋でやってみませんか?

 

資格試験ではないが、来年度の国家公務員採用試験の日程がすでに人事院で発表されている。ご存知の人もいるだろうが、来年は試験制度改革の元年で、旧来の1種・2種・3種という区分はなくなり、総合職と一般職といういい方となった。内容的には総合職がいわゆるキャリア組で、それ以外は一般職となる。

国家公務員においても、経験者採用試験を本格的に始めることにもなっている。30歳以上でも、一定の民間企業における経験があれば、管理職として採用されるという制度がはじまるのだ(地方公務員では以前からあった)。ということは僕自身にも受験資格が復活することになる。まあ、今のところ受験予定はないが・・・。

興味のある人は人事院のサイトまでどうぞ。

【詳細はこちら】

面接試験を苦手とする人が多い。確かに人前で話すというのに慣れていない人から見れば、何を答えればいいのか困るというだろうし、何よりもあの緊迫した空気が嫌いだという人が多いと思う。

これは、面接試験を面接官のペースで受験しているからだ。面接試験というのは、自分のペースで、自分の話したい内容を話すのがよい(もちろん、実際にはなかなかこんな気分にはなれないだろうが・・・)。接待や商談なども含めて、相手に一方的にあわせる形で会話をすることは楽しいものではない。

企業の入社試験はともかく、資格試験の口述試験などは、人柄よりも知識の有無が問われていることが多い。だからこそ、知っていることをゆっくりと丁寧に面接官に説明することが重要である。実際にその資格合格者として仕事をするのにも、同じようにしなければならないからだ。これこそが口述試験合格の虎の巻なのかな?

 

今日は家内の誕生日なのだが、この日は有名人が多い。もっとも有名なのが悠仁親王殿下。参議院議員の谷亮子さんや歌手の氷川きよしさんなども有名であるが、なでしこジャパンで今頑張っている沢穂希さんも今日らしい。本当におめでとうございます。

さて、誕生日の検定なんてものは公式にはない(あれば林家ペーさんは1級かな?)。ということで、wikipediaで調べてみるぐらいしか検索方法はない。自分の誕生日を入れて、自分と同じ誕生日の有名人を検索してみよう。意外とおもしろいぞ!

 

先日お話していたように、子どもの要望もあったので、昨日家族サービスでTDLにいった。思っていたよりはすいていたのでちょっと安心した。

それでも待ち時間はある。アトラクションで並んでいる途中にもできるような「勉強術」などはないものかと考えてみたが、さすがにTDLまで来て勉強しているのはしらける。1分でも1秒でも楽しんだ方が面白いであろう。

なお、先日も書いたが、ディズニー検定はできないものだろうか。受験者数もかなりになるだろうし、合格者に対する入園割引特典などもつけられるのに・・・・。できれば大型検定の誕生となるであろう。宝塚の検定や、歌舞伎の検定とは同じようにはいかないらしい。

 

今回の台風は速度が遅いこともあり、大きな被害をもたらした。皆さんは大丈夫でしたでしょうか?

さて、台風に関する資格といえば「気象予報士」や「天気検定」などがあげられる。長い一生を考えれば、何度か直撃するであろう台風については、日本人として最低限の知識は持っておきたいところである。ほかにも勉強する機会があればいいのに・・・。

なお、心配なのは台風の影響で資格・検定試験の中止や延期が決まってしまうことである。また、たとえ平常どおり実施する場合であっても、交通機関の乱れなどによって、「会場につけるだろうか?」と前の日から心配しなければならないのはかわいそうだ。受験生にとっては、年に1回の試験であったりするので、心置きなく自分の実力を出すことに集中してほしいものである。

昨日の北朝鮮戦は苦戦だったなあ。まあ、終わりよければすべてよしかな?

さて、先日TDLの検定があればいいのにと書いてみたが、サッカー日本代表の検定もあれば面白いだろう。

男女の日本代表の名選手や監督、これまでの成績、記録、各国の代表チームについて、FIFAについて、オフィシャル水ポンサーなど、さまざまなことが出題可能である。あれば「是非受けてみたい」と考えるサポーターは多いのではないか?

せめて、Jリーグやそのチームが検定試験を実施してくれれば、ファン層が広がっていくと思うのだが・・・。合格者にはチケットの割引やグッズの販売などがあったり、選手との触れ合いなどができると面白いと思うのだが・・・。

 

新しく総理に就任した野田佳彦さんは、民主党の代表選で自分を「どじょう」にたとえるという名演説を行った。どじょうであるならば、日本のために粘り強く頑張ってほしいと思う。

さて、資格試験においても金魚になる必要は全くない。泥臭くてもいいので、1点1点を積み重ねていくことが合格につながるのである。確実な知識をもとに正解に達しても、ヤマ勘が当たっても点数は同じである。

学習の段階においても同様のことが言える。エレガントに暗記するなんてことは必要ない。覚えられなければ何度でも繰り返す。そして、もう一生忘れないだろうと思えるようになるぐらい、しつこく確認する。こういったことが点数につながるといえよう。

「どじょう」という言葉に根が生えれば「どこんじょう(ど根性)」になる。野田首相と同様に、皆さんも勉強・試験をあきらめずにがんばってもらいたい。

 

9月になりました。本日、全国検定振興機構で連載しているコラムを更新しました。月1回書いているもので、毎月1日に更新されます。その名も「中村一樹の資格四方山話」。

毎月、関連するニュースなどからテーマを取り上げて書いております。今月は、「検定試験のリスクマネジメント」。最近はゲリラ豪雨など異常気象が続く中で、検定試験に必要なリスクマネジメントについて書くことに決めました。

ちなみに、4月から8月までは、以下のようなことを書いております。

・4月「京都大学でのカンニング事件」

・5月「検定試験では八百長禁止」

・6月「東日本大震災の検定試験への影響」

・7月「小学校での英語教育」

・8月「資格・検定試験の性別分析」

今後ともよろしくお願いいたします。来月は何を書こうかな?

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